WORKING MOTHER

ワーキングママ

北河 奈見

同期の存在が私の気持ちを奮い立たせた

26歳で第1子を授かり退職、29歳で第2子を出産。ふたりの子育てに専念しました。そんな私がアドバに5年ぶりに復帰することになったきかっけは、同期入社で現在リクルーティング事業部の責任者を務める木原理英子の存在でした。退職後も彼女とは連絡を取り合い、お互いに近況を報告していました。木原はすでに出産して再び営業現場に戻り、ワーキングマザーとして活躍し、ひと皮向けて成長した印象でした。そんな同期から「もう一度がんばろう」なんてうれしい言葉をかけてもらったら、自然と気持ちは固まります。
フレキシブル社員として復帰した私を待っていたのは、大きな環境の変化でした。5年もブランクがあると、業界事情はもちろん、扱う商品、仲間の顔ぶれが違うんですよね。本音を言うと、復帰当初は「仕事のカンが戻るかな…」と戦々恐々としていました。実際、すぐに現場にでることになったのですが「……で、何が言いたいの?」とお客様から厳しい言葉を受けたこともありました。でも、「悩むより、とにかく現場に出て感覚を取り戻していこう」とポジティブな考え方で乗り切っていきました。“後ろ向きになっているヒマがあったら前を向く”のが私の特技かもしれません。

葛藤する私を後押ししてくれたもの

 

週30時間の実働で、出社義務は週に1日というフレキシブル社員制度。フレキシブルの言葉の意味通り、働くママにとって“融通が利く”システムです。始業時刻も自分で設定できるので、朝の家事が終わったタイミングで業務を開始すればOKで、夕方はお客様とのアポイント状況によりますが、17、18時あたりに終業という具合です。ママ思いのありがたいシステムのおかげで、仕事に打ち込むことができました。でも…夢中になればなるほど、葛藤もあります。一度、17時30分にお客様への訪問予定が入り、18時の保育園のお迎え時間に間に合わないかもしれないという状況になったことがあったんです。苦労してアポイントを獲得したお客様だったので、子どもには心の中で「ごめんっ!!!」と謝って出発。時計に目をやりながらの商談で、結局、保育園に到着したのが19時過ぎでした。「母ちゃん、もう来ないんじゃないかと思った」と子どもにはっきり言われてしまい、胸を突かれました。本気になればなるほど、両立って難しい・・・そんな母の苦悩を悟ったかのように子どもは「がんばって」と応援してくれます。子どもの存在があるからこそ、働き方を見直しながらも、仕事を諦めるという選択肢は頭に浮かびませんでした。

2度目の復帰と、高い壁

33歳で3人目を授かり、2度目の退社を経験しています。当時は「もう復帰はない」と思って辞めたのですが、離婚を経験し、働かないとならない状況になりました。正直、アドバに戻りたいなと思っていたんですが、なかなか復帰意志を伝えられないままでいたとき、私の心の内を悟ったかのように敏さん(社長)が声をかけてくださいました。ちょうどリーマンショックの後で、会社も厳しい状況。そんな中で、私に手を差し伸べてくださったことが本当に嬉しかった。辞めた人間でさえ、これまでの実績を認めて受け入れてくれるという度量に、ちゃんと報いたいという気持ちもありました。
とはいえ、2度目の復帰も簡単ではありませんでした。中でも一番しんどかったのは、売上目標が高くなったこと。でも、一家の大黒柱となっての復帰だったので、ズバリ、お金が必要でした。収入力を上げるには、営業でより結果を残さなければなりません。ここは人生の踏ん張りどころだ。そう覚悟して、ひたむきに仕事に取りみました。成長した子どもたちもさらに応援してくれ、私の大きな力になりました。今思えば、与えられた売上目標が高いというのは「北河、ガンバレ!」という会社からの熱いメッセージだったのでしょう。

自分のキャパシティを理解する

独身時代の自分のキャパシティがレベル10だとすると、ワーキングマザーは6。夕飯の支度をしている時間が一番お客様と連絡をとりやすいので、後ろ髪を引かれますが、無理せずワーキングマザーのキャパシティを守ってます。できることを可能な限り就業時間内で遂行していくことも、両立の鍵です。もちろん、仕事のレベルは下げられません。そこは妥協せず、セーブされた時間の中でよりよい結果を出していく。この毎日のチャレンジに取り組むことで、自分自身、成長できると思っています。今は、昔よりは仕事と家事のバランスがうまく取れるようになり、公私ともに笑顔でいられることが多くなったかな。子どもたちのために、働く母は365日が挑戦です(笑)。

PRIVATE PHOTO
PRIVATE PHOTO 子どもを海外旅行と国内旅行に連れていくことを目標にしていました。実は海外はアドバの社員旅行で子どもを同伴させてもらうことができ、すでに実現。残りの国内旅行を2014年の3月に実現させました。親子水入らずの旅は最高の思い出です。あ、子どもの海外旅行費は、もちろん私が出しましたよ!